年末に帰省すると、旅好きの相方を伴って北海道へ旅行することがここ数年続いていた。
今年もそうかと思いきや、とある仏教の本で読んだ、安国寺の日本最古の輪蔵というものを見たいという。
調べてみたら岐阜県の飛騨市にある古いお寺だということがわかった。
飛騨を旅したことがなかったことから、旅の下調べから切符や宿の手配を引受けるのに億劫になっていたものの、たまには違うこともしてみようと、飛騨行きを決めた。
行ってみてわかったのが、飛騨高山と読んでいたのは高山市で、飛騨市は隣の行政区だったということ。
宿は観光客で賑わう高山を避けて、高山駅から北へさらに三つ目の駅になる飛騨古川にとった。
飛騨古川は、小さな町で、これと言った観光名所もないかわりに、コンビニのない、風情のある静かで美しいところだった。
昔ながらの白壁の土蔵が残る通りがおそらく観光客が一番多い場所なんだろうけれども、ここも年末だから、普段からそうなのか静かだった。

旅館の人や地元の人に「良いところですね」と声をかけると、「何にもないですけど」と決まって返されたので、何にもないって、何がないと「何もない」になるのか考えてしまった。
町にあるレストランは早目に閉める店も多いけれど、朝まではやってないものの夜中までやっている居酒屋はあるし、スーパーもパン屋や本屋も夕方には閉まるだけで揃っている。
確かにデパートやスタバはないけれど、別に古川に来てわざわざそこに行く用事はないし。
夕食を軽くしてまで堪能した旅館の朝食の目当ては、飛騨名物の朴葉(ほうば)味噌。
朴葉の上でプツプツ焼けるネギ、椎茸山菜を混ぜたお味噌をおかずに白い地元でとれたお米の進むこと。
毎日でも食べたいくらい美味しい、芳ばしい朴葉味噌が「ある」じゃないですか、と朝食時に給仕をして下さった仲居さんに伝えると、「簡単なんですよ」と顔をほころばせながら作り方を教えてくださった。

飛騨古川を思うと、焼けたお味噌の香りをはっきりと思い出す。
本当に何もないのか?こんなにくっきりとした記憶があるのに。
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